スタッフブログ

セミナーのお知らせ

2026.04.07

「アイヌの文化とアイデンティティーについて語る」
お話は長年、アイヌの生活文化、言葉、工芸活動を通してアイヌとしてアイデンティティーの復権を目指した成田得平さんです。
現在も19世紀まで水辺での漁や交易に使った木造船イタオマチブの製造技術の伝承
厳しい環境の中での知恵と工夫に富んだ木造建築チセの再生などに取り組んでいます。
貴重な機会ですので是非ご参加ください。
4月22日は㈱フーム空間計画工房で18時開場(お話はぼちぼち始めます)19時講演開始
完全予約制で一般は1000円となります。
5月9日土曜日は13時開場14時開演でエルプラザ2階環境研修室に直接来られて大丈夫です。


成田さんの自己紹介です

カニアナクネ narita tokuhei クネルウェネ。(私は成田得平というものです)

ちょっと変わった誕生話、じつは「船の中」で生まれました。場所は千島列島の得撫島(ウルップ島)の床丹(トコタン)の港に入港寸前の海上でした。船は釧路港から出て得撫島に向かう補給船で琴平丸といいました。突然、産気づいた母(秋辺ミサホ)に産婆役になったのは船長でした。無事に生まれた私に船長が命名してくれ、島の得撫の「得」と船名の琴平の「平」を合わせて「得平」としたのです。母は釧路の春採(ハルトリ)コタンのアイヌ女性です。父は成田萬九郎という和人の船大工でした。父が得撫島や国後島などで漁場の漁船の造船工なので母は後追い妻だったのです。

 私のアイデンティティは母方のアイヌ民族になりましたが、姓は成田でした。敗戦で一家は母の出身地釧路に。二度と千島に戻れずにいたのですが、島への想いから「千島居住者連盟」の会員になりました(後に退会)。「クリル(千島)アイヌ協会」を設立して活動したいと思い続けてきました。

 北海道アイヌ協会の会員でしたが、今は所属していません。しかしアイヌ民族としては千島、樺太、北海道の地域は問わず「アイヌの一人」という原則に立って活動しています。

 高校卒業まで釧路市で暮らし大学進学のため東京に出たのが1964(s399)年、ちょうど東京オリンピックの時でした。思わぬ縁で進学の道から外れました。それは、「日本民藝運動」が「アイヌの民具・工芸への評価を正当に扱っていた」ことにひかれてアイヌ工芸の道に進んで現在に至ります。母方の祖父母はクスリウンクル(くしろアイヌ)として、アイヌ語話者でありカムイノミ儀礼や歌舞などの伝統文化の伝承者だったので初歩的なことからアイヌ文化を教えてもらいました。その後のアイヌ活動家としての基点を得たのです。

 今年は「チセアカラプロジェクトの仕事」として、アイヌの”伝統家屋(チセ)”の製作に「サパネクル(頭領)」として従事しています。完成は12月の予定です。建設場所は石狩市厚田区・(旧)聚富小学校の敷地内。主催団体は「ひびきの丘PROJECT」で、統合医療を主にした事業体で、人と自然の共生文化としてのアイヌ文化に関する活動も行っています。